2005年02月24日(木)
予備知識:野沢温泉の場所
まず、スペシャルオリンピックスというコトバをご存じか。僕は、知らなかった。聞いたことも、無かった。「何か新しい体験をしてみたい」個人的欲求アンテナに、たまたま引っかかったのがこのコトバだった。
何でも、2005年冬に「スペシャルオリンピックス」なるイベントの冬季世界大会が長野で開かれるという。その大会運営に関わるボランティアを、大絶賛募集中だという。
そういう話を、おかでんが勤める会社の総務部社会貢献室からのアナウンスで聞いた。それが、2004年7月のことだった。この年、おかでんはいよいよ30歳の大台に乗り、自分自身のこれまでの人生を何かと振り返る機会が多かった。会社と家との往復しか最近やっておらず、交友範囲は狭くなりこそすれ、広がらない。こんなんじゃ、10年後20年後になると僕って孤独になってしまうな、という危機感があった。また、目新しい経験というのも最近すっかりご無沙汰だ。今や、自らが20代前半の頃までに貯蓄した「経験」や「人付き合い」を切り崩して日々の生活を送っているようなものだ。ほぼ毎日更新しているwebの文章を書いていると、自分の引き出しの少なさ、浅さが痛いほどよく分かる。
何か、しなくちゃ・・・。
その時、目にしたのがスペシャルオリンピックスのボランティア募集だった。よくわからんイベントだが、「冬季世界大会」という比較的大規模な大会のお手伝いをするとなれば、いろいろな未体験の事が目の前に繰り広げられるだろうし、知り合いも沢山できそうだ。まさに自分の「問題意識」をど真ん中でクリアする話だった。よって、すぐにこの話に飛びついた。そして、説明会を受けてその期待は確信となり、ボランティアに申し込んだ。献血程度の社会貢献活動はよくやっているが、「ボランティア」と名の付く活動を自主的にやるのは、これが生まれて初めてだ。
今回は、このボランティア活動9泊10日の模様を、なんとなくお伝えする。いろいろな人と写真を撮ったり、会話したり、笑ったりしたが、肖像権の確認が全然出来ていない状態なので、掲載できる写真はごく限られている。一つのイベントを成し遂げるために集まった人たちの雰囲気が伝わればそれで良いと思う。
スペシャルオリンピックスとは、知的発達障がい者が参加するスポーツイベントだ。健常者が「オリンピック」、身体障がい者が「パラリンピック」ときて、知的発達障がい者は「スペシャルオリンピックス」となる。知的発達障がい者のイベントだけ「オリンピックス」と複数形になるのは、日々のトレーニングや地域での競技会、そして4年に一度の世界大会、そういった全てのものが「スペシャルオリンピックス」の活動だからだ。この活動を通じて、知的発達障がい者は生きる喜びを見いだし、社会と共存していくことができるという。
このあたりは、僕自身日常におけるスペシャルオリンピックス(以下、SOと略す)活動には従事していないので詳しい事は書けない。嘘書いちゃまずいし。興味がある方はこちらをご覧頂きたい。
4年に一度、夏季世界大会と冬季世界大会が開催される。つまり、2年おきに夏と冬の大会が入れ替わりで行われることになる。これはオリンピックと全く一緒。そして、2005年冬季世界大会が、日本の長野で開催される事になった。長野としても、長野冬季五輪の際に作った施設が赤字経営になっており、大規模なスポーツイベントを誘致したいという思惑があったのだろう。いずれにせよ、アジアで初のSO世界大会だ、ということで気合いが入っているらしい。
ただ、テレビ中継がばっちり入るオリンピックと違い、つい先日まで「その名前すら聞いたことがない」人が日本人の圧倒的多数を占めているようなSOだ。スポンサー収入やテレビ放映権で潤沢な資金が確保出来ているわけではない。その結果、大量の無償稼働提供・・・要するにボランティア要員の確保・・・が必要となってくるわけだ。今回、知名度は全国区に至っていないイベントでこそあれ、集められたボランティアの数は9,000人近い規模に までふくれあがった。もの凄い数だ。
まがりなりにも「世界大会」と名がつくイベントだ。参加国は80カ国、選手団は約3,200人と日本の知名度から比べると信じられない規模で開催される。知的発達障がい者は、全人口の2〜3%いると言われており、それを考えれば大規模なイベントになっても何らおかしくはないと言えるのだが、正直驚きだ。
競技は、7競技79種目が行われる。アルペンスキー(志賀高原)、クロスカントリースキー(白馬)、スノーボード(いいづな)、スノーシューイング(野沢温泉)、スピードスケート(エムウェーブ)、フィギアスケート(ビッグハット)、フロアホッケー(ホワイトリング)。長野市で3競技、それ以外は北信の各地に分散する。
面白いのが「フロアホッケー」で、これは体育館のフロアの上で行われるアイスホッケー的な競技だ。冬と全然関係がない競技だが、雪がない国でも冬季世界大会に参加できるように、という配慮でこの競技が加えられているという。その結果、サウジアラビアだとかプエルトリコといった冬が存在しない国からもアスリートが参加している。あ、ちなみにスペシャルオリンピックスでは「選手」とは言わないで「アスリート」と呼ぶことになっている。
スノーシューイングでも、クウェートなどの雪がない国のアスリートが参加していた。何でも、砂漠を雪にみたて、トレーニングを積むらしい。凄い話だ。んで、長野に到着して「産まれて初めて雪を見た!」なんて言って大はしゃぎしているんだから楽しい。
オリンピックと違って、お国にいくつメダルを持って帰るか、なんてのははっきりいってどうでもいいのがSO。本人がどれだけモチベーションを持って頑張ったか、ってことが一番重要。んなもんで、勝ち負け度外視していろいろな国からアスリートがやってくる。もちろんアスリート本人は勝つ気満々なわけだが。
SOの独自性はもう一つある。それは、アスリートの技術レベルにあわせて「ディビジョニング(グループ分け)」される、ということだ。予選段階で、参加アスリートの技術を見極め、「早い人グループ」「遅い人グループ」に振り分けが行われる。そうして、それぞれのグループ内で決勝が行われ、それぞれでメダル授与が行われる事になる。つまり、「○○競走決勝」といっても、ディビジョンが10近くあったりする事もあり、そうなると一種目につき金メダリストが10人も排出される事になる。
・・・メダルの意味、無いじゃん。
いや、それでいいんです。そういう大会だから。試合を終えたアスリート達は、全員表彰台に登る機会が与えらえる。だから、SOの大会の表彰台は、ずらーっと横に長い。7位とか8位まで一度に表彰できるようになっているからだ。4位以下のアスリートには、メダルがぶら下がっていないリボンが贈呈され、首からかけてもらえる。何とも微笑ましい思想じゃないか。この話を聞いて、おかでんは結構感動した。
大会概要はここまでにして、ボランティアに向けての段取りに話を移そう。
8月に説明会を受けた。10月にボランティア参加申し込み締め切り。申込書には、参加可能日数、勤務を希望する場所、希望職種、会話可能な語学について記載するようになっていた。
勤務場所は、熟慮の末「第一希望:野沢温泉、第二希望:白馬」とした。別に野沢のスノーシューイングや白馬のクロカンに興味があったわけではないが、正直温泉に惹かれた。また、ある程度密室感のある場所の方が、ボランティア同士夜遊びに行くとか、交流が図れそうだったから選んでみた。長野市のように市街地だと、ボランティアの数が多いし宿泊場所が広範囲になってしまい、散漫になりそうだ。こういうイベントは田舎に限る。
関東の人間であれば、成田空港所属という選択肢が一番至近だったが、これは冬季スポーツ競技のお仕事をしている感が全然無いので却下。ちなみに成田空港だと、海外からやってきたアスリートやファミリー、メディアの受付をして交通機関の斡旋や交通機関への誘導を主業務とする。
希望職種は、「なるほど、大会運営ってのはこういうモノなのね」と感心させられた。今回のSOにおいては、以下の職種がボランティア募集の対象となっていた。
案内・接遇:各会場での観客・ファミリー・ゲスト等の案内や接待
会場サービス:各会場のゴミの分別・回収、清掃、雪かき等会場準備、観客等の案内・誘導、車椅子使用者等の介助、大会関係者の資格認定証発行、インフォメーション、式典・表彰補助
宿泊対応:選手団が宿泊するホテルで、食事等のお手伝い、通路等での案内、軽微、荷物搬送
情報通信システム:コンピューターの設定・操作、データの入力、ネットワーク等のヘルプデスク
メディア対応:取材申し込みの受付、競技結果等各種情報提供の窓口
場外整理:駐車場・路上での車両や観客の案内・誘導、シャトルバス乗降案内
警備:各会場出入口・コース等における入出者管理、選手宿泊会場内の巡視
専用車の運転:長野市内を拠点に、山ノ内町、白馬村、牟礼村、野沢温泉村等で大会車両(普通車)を運転し、VIP・選手団長等を輸送します。
DAL:選手団と行動を共にし、選手団の使用希望言語により、通訳やスケジュール管理等のサポートをする。(6日間連続で業務に就いて頂ける方を希望します)
「凄いなあ、いろいろ仕事があるなあ」とわくわくしながら業務をどれにしようか悩んだが、いまいち具体的にイメージ出来なかった。類似経験が全くないからだ。悩んだ結果、「第一希望:場外整理」、「第二希望:情報通信システム」で申し込んでみることにした。
1ヶ月ほどして、「こんな感じで仮決定したけどどうですか書類」が自宅に郵送されてきた。
開封してみると、
1.活動場所 スノーシューイング会場(野沢温泉)
2.活動業務 総務部情報通信係 内容:会場内情報システム保守・管理
3.活動期間 2月25日〜3月5日
4.業務時間 概ね7:30-15:30
と記載されていた。情報システムっすか。第二希望だな。資格欄に初級システムアドミニストレータって記載したのが目にとまったのかもしれない。まあ、いいや。
「その内容でオッケーっす」という事を、ボランティア用のサイトにアクセスして送信する。最近はこういうのもブラウザ経由でやるようになってきてるんだな。
それにしても、「総務部情報通信係」か。なんだかいつもの仕事とは違う部署名なので、くすぐったい感じがする。楽しくなりそうだ。
この後、1月に入ってからJTB経由で宿の手配をし(1泊2食付5,000円)、2月に入ってから業務研修を受けた。殆どのボランティアは自分が勤務する場所に集められ業務研修を受けるのだが、おかでんが所属する情報通信係だけは現地集合が無かった。東京渋谷のアムウェイ本社会議室に集められ、そこで研修を受けた。野沢温泉を往復するだけでも結構な出費になるので、これは大助かりだった。恐らく、現地にメンバーを集めたところで、まだコンピュータが一台も置かれていない状況においては意味がないという判断なのだろう。
業務研修は、「これがスポーツイベントのボランティアなのか?」と思うような内容だった。マニュアルが用意されていたのだが、その中は「pingの打ち方」「ノートンアンチウィルスのライブアップデートの仕方」「競技会場内各端末のIPアドレス」などといった内容がびっしりと書かれていた。何だか職場のOA担当者みたいな気分だ。なるほど、我々の業務というのはこういう「ネットワークに繋がらないんだけど」といった問題について駆けつけ対応をする即応部隊、というわけなのだな。
初歩的なPCの使い方なら人並以上に理解しているつもりだが、アプリケーションが完全なブラックボックスだ。まず、MicrosoftのActiveDirectoryが使われていて、全会場のPCは長野市内の本部にあるサーバの支配下に置かれている。また、CitrixのMetaFrameを使って、本部サーバにあるアプリケーションを全会場のPCにて共有するという事をやっていて、何やらややこしい。アプリの配布が面倒なので、シン・クライアントにしたかったのだろうが、こうなると我々末端のヘルプデスク担当者では問題発生時にどうにもならない。「何か業務がうまくできんのだけど」という問い合わせがあったら、ローカルPC側の問題でないこと、ネットワークの問題でないことを確認することしかできない。それでも原因不明だったら、長野市の本部に解決をゆだねるしかない。
サーバで保持しなくちゃならんアプリケーションって何だ、と思ったら、GMSと呼ばれるアプリケーションがこのSOでは主役なんだという。Game Management Systemの略だそうで、早い話選手名やレース結果、出走表などを束ねているシステムのことだ。SEIKOのタイミング測定システムと連動し、このGMSでデータは一括管理されているらしい。
てっきり、公式記録の入力なども我々ヘルプデスク班の業務かとおもったが、GMSの操作は研修を受ける必要があるらしく、別にオペレーターがいるということだった。我々は、ただひたすら障がいが発生するまで待機、ということだ。
ちなみにスポンサーの関係で、PCは全てHPとエプソン製。プリンタは富士ゼロックス。そしてOSはWindowsで、端末上にはノートンアンチウィルスが入っている。驚いたのは、会場に設置されていたルータもシマンテック製だったということ。ファイアーウォールと一体型のセキュリティルータ。シマンテックがルータを作っているとは知らなかった。
業務研修の時に顔合わせした、同じ会場のメンバーの顔ぶれを見てみるとなかなかなものだった。IBM、ゼロックス、マイクロソフト・・・。何だか、会社名だけでボランティアを希望してるんじゃないのか、という気がしなくもない。おかでん自身、システム屋として日々の給料を頂戴している立場だ。それぞれに得意分野があるようで、今回はいろいろみなさんのお世話になりそうな予感。非常に期待感が高まった。
その後ボランティア当日まで、あわただしい日々を過ごした。なにしろ、営業担当者として最も重要な「月末」をまたいで会社を長期に休むため、あれこれ仕事が山積していた。また、コンペ案件も控えていて、その準備にも追われていた。「もういくつ寝ると」的なワクワク感は無く、あるのは「あと○日でこの仕事片づけなくちゃ!」という焦りばっかりだった。
気がついたら、ボランティア当日を迎えた。もう、待ったなしだ。残された仕事は上司にお願いして、東京を後にした。9泊10日の、長丁場。こんなに長期間家(自宅/実家)を離れるのは産まれて初めてのことだ。一体どんな体験が待っているのだろう。
大好きなビールも飲まずに、長野新幹線で長野を目指した。ジャンパーとして、ボランティア用に支給されたミッフィーのロゴ入りSO長野大会ボランティアジャケットを着て(恥ずかしいので裏返しにした)。
長野新幹線の車中では、電光掲示板でスペシャルオリンピックスが開催されることが何度も告知されていた。JR東日本も協賛企業らしい。確かに、多くの人が長野に集う際、新幹線は非常に重要な交通手段だ。
そういえば、心なしか今日の長野新幹線は混んでいる。平日昼間に乗ったことがないのでその他の日と比較は出来ないが、ひょっとしたらこの混雑の一因は「民族大移動中のSOボランティアたち」のせいではないか、という気がしなくもない。
・・・考え過ぎか。
長野駅構内にある売店は、SOの公式ショップになっていた。ポスターが貼られ、来る大会開催を待ちわびている状態だった。どんなものが売られているのかと思って外から覗いてみたが、売られているものは普通だった。八幡屋の善光寺七味が売られていた。(後注:このお店にはSOグッズコーナーがちゃんと用意されていて、ストラップやピンバッジなどがちゃんと売られていた。それにしてもピンバッジ、こういうイベントの時しかニーズないよなぁ)
このポスターの絵、すごく微笑ましくて好きだ。ただ、絵にタイトルを付けるとなると「捕ったどー!」(c)浜口優 になるのかねえ、と想像した瞬間ちょっと萎えた。
長野駅構内をうろうろしてみる。
スキー客が結構いるのだが、スキーをする気配がまったくないのに、大きな海外旅行風の荷物をゴロゴロ引きずっている人が結構多い。そして、その人達は「ボランティア用のバス乗り場ってどこだろう?」なんていいながら歩いている。
・・・この人たち、全員ボランティアか。
さすが9000人規模のボランティアを集める大会だ。長野駅をうろつけば、数十メートルごとにボランティアの人が歩いているって感じ。
長野市の繁華街、権堂アーケードに行ってみたら、SO応援のアートフラッグがたくさんつり下げられていた。地元の小学生が作ったものなのだろうが、兎に角でかい。六畳間くらいはあるんじゃないか、というでかい布に、アスリートと思われる人の姿がのたうち回っている。派手な色遣いも相まって、頑張っているというよりも悶絶しているっぽいが、それはそれでまた味があって大変よろしい。
長野市内のお蕎麦屋さん巡りを終えて、また長野駅に戻ってきた。長野駅から野沢温泉までは、ボランティア用の無料シャトルバスが2時間に1本の周期でこの日は運行されている。これに乗って、現地入りを目指す。
この日は2時間に1本だったが、大会期間中は1時間に1本に増便される。呆れるような大物流作戦だ。野沢会場以外にも、各会場にも同様なシャトルバスが走り、長野市内も何パターンかのルートでシャトルバスが走り回る。一体この大会のためにバスが何十台用意されているのだろう?
駅のコンコースには、SOのための特設ステージが用意されていて、隣には案内所らしきブースができていた。ブースでは既にボランティアらしき人が働いていた。
「すげえなあ!」
思わず声を出してしまった。こちらが想像したこともないような規模のでかいイベントに参加するんだな、というのはじょじょに実感していたのだが、ボランティア用シャトルバス乗り場に向かっているところでそれをより強く感じた。
バス乗り場で交通整理しているボランティアが何人もいる。誘導棒を持って、あっちだこっちだ、と指示していた。そして、その人たちの控え室兼オフィスになっていると思われる、プレハブ小屋が建てられていた。
シャトルバス乗り場は、沢山の行き先に応じて縦にずらーっと分けられていた。
まるでバスセンターだ。
とはいっても、もともと乗降を前提としていない「単なる道路脇」なので、乗る際には植木をかきわけながら道路に出なければならないが。
ちなみに、写真に写っている3番乗り場だと、「ルート11:エムウェーブ」「ルート15:長野循環」「ルート18:長野東循環」行きのバスが到着することになっている。ちなみに、このようなバスは合計18路線運行されるらしい。
ボランティアのためのボランティアが必要となる、すごい規模だ。この地に降り立つまでは、何となく「文化祭的なノリ」をイメージしていたのだが、そんなものとは雲泥の差だ。
野沢温泉行きバスはほぼ満席状態で出発となった。ほぼ全員単独参加の人らしく、仲良し同士で喋りながらバス旅を楽しむ、という感じではなかった。これはちょっと意外だった。てっきり、気心知れた仲間で「よっしゃ一丁参加すっか」という流れで参加するものだとばかり思っていたからだ。短い人でも4日程度、長ければ10日近く現地滞在するわけで、単独参加するというのは結構勇気がいると思うのだけど。
・・・まあ、かくいう自分も、その単独参加なわけだが。
そんな中、一人添乗員みたいな動きをする人が車内で目立っていた。運転手に現地到着予定時刻を何度も確認したり、宿泊先の宿に電話をしたりしている。集団で参加しているにしては、そんなに仲が良さそうな感じはしないのだが、不思議な光景だ。聞いてみたら、スターバックスコーヒーが自社の社員とアルバイトに対して大規模にボランティア募集をかけて、参加しているということだった。大会期間の前半と後半で入れ替え制にしているとのことだが、それぞれに40名規模で野沢に人を送り込んでいるという。合計、80名体制。なるほど、協賛スポンサーがバックアップしてボランティアを派遣するということもあるのか。
で、そのスタバ軍団なのだが、全国各地の店舗から人が集まっているため、車中では「お互い知らない人同士」だったというわけだ。後で聞くところによると、南は沖縄から北は・・・ええと、忘れたがとにかく全国からまんべんなく参加していたようだ。「参加費用は会社持ち?」と質問してみたが、「全部自腹」とのこと。我々一般のボランティアと全く条件は一緒らしい。よくそれでこれだけの大規模なメンバーが集められたものだ。そういえば、周りを見渡すと女性が非常に多い。しかも、若い人が圧倒的シェアを占めている。最近の若い人たちはボランティアに熱心なのだな。おじさん嬉しいです。
・・・と、今まで自分を「おじさん」だとは思っていなかったのだが、この年齢層をみて少々へこむ31歳の春。
バスは1時間少々かけて野沢温泉村に到着した。そこから歩いて本日のお宿へ。
ボランティアは宿代、交通費すべて自腹なのだが、宿代は主催者側の配慮で優遇してくれているようだった。一泊二食付きで5000円。非常にお安い。素泊まりの宿みたいだ。
「食事は普通の家庭で出るようなものなんだろうな」
とたかをくくっていたら、きっちりとしたヤドメシでびっくりした。あ、手抜き無しですかそうですか。ありがたいことです。
てっきりボランティアは一つもしくは二つくらいの宿を貸し切りにして、そこに集められるものだとばかり思っていた。しかし、実際は野沢温泉村中にバラバラに分けられていた。おかでんが泊まった宿では、1室のみがボランティア部屋で、この日宿泊したボランティアは5名だった。一カ所に固めるとなると、宿の間で不公平感がでてしまうので散らばらせたのかもしれない。
野沢温泉の魅力は、外湯が13カ所もあるということだ。一日一カ所ずつ巡っていたら期間中に終わらせることができないので、1日2カ所ずつくらいのペースで回らないといけない。
・・・いや、「回らないといけない」わけじゃないんだけどね。でも、「13カ所外湯があります!」と言われると、ついつい「じゃあ全部回ってこようか」って気分になってしまって。東北道の駅スタンプラリーにしてもそうだし、こういうのって案外好きです。
渋温泉のように、全長1キロ程度の温泉街の中に外湯が九つあるのとは訳が違う。野沢温泉の温泉街は非常に広く、端から端まで歩くと20分以上を要してしまう。そんなところに13カ所、外湯が点在しているわけで、全部回るとなると結構骨が折れる。
骨が折れるが故に、9泊10日のボランティア期間中の楽しみとなるわけだが。

左:中尾の湯。右:新田の湯。
野沢温泉のお湯は非常に熱い。源泉温度が70度、80度あるところが多い。このため、外は雪が積もっていて非常に寒くても、のぼせるまで浸かっている事ができない。身体の芯まで暖まる前に、皮膚が悲鳴を上げてしまう。結局、暖まったんだかそうでないんだか、いまいちぴんとこない仕上がりになってしまう。
きっと、毎日この湯温に親しんでいたら慣れてくるのだろうが、軟弱な風呂に入り慣れている自分にはまだまだ先が長そうだ。修行が足りないということか。
1日目夜、同室のボランティア仲間と「これから何が始まるんだろう」と話をしながら、就寝。一人国宝級のいびきをかくひとがいて、まともに寝られず。
さてこの日からボランティア業務開始だ。初日は朝9時集合という事だったので、比較的ゆっくりとした朝を過ごすことができた。
スノーシューイング会場となっているオリンピックスポーツパークは、野沢温泉スキー場のゲレンデから離れたところにある。よって、歩いていくのはやや面倒な場所であり、その結果村内をボランティア用シャトルバスが走っている。ここにも輸送部隊がいるのか!
村内巡回バスは1時間に1本のペースで運行されている。これまたものすごい体制だ。
宿の食堂で朝食を美味しく頂く。
我々ボランティア軍団の食卓の脇には、何やらカラーの新聞らしきものが積んであった。何かと思って見てみると、
「スペシャルオリンピックス公式新聞」
と書かれていた。驚いた!ボランティアが宿泊している宿には、毎日新聞が届けられるのか!
ここでもまた、今回参加している大会の規模のデカさにくらくらした。一体どこまでいろいろなものを巻き込んで企画されているんだ、この大会は。
今回のSO世界大会には地元紙「信濃毎日新聞」が協賛しているので、その配送網を活用したのだろう。それにしてもご苦労様です。
紙面は、昨日起きた出来事をあれこれ紹介している。速報性の観点からも、手抜き無しだ。町内会の壁新聞なんかとは訳が違う。ちゃんとした記者が、ちゃんとした体制のもと取材をして記事にしている。ま、要するに「カネかけてまんなぁ」ということだ。紙面の半分は英語版で、半分が日本語版だ。英語版は日本語版の翻訳、ではなく、ちゃんと別の記事だ。紙面は全部で8面の構成。
この日のトップ写真は、中東のアスリートが「産まれて初めて雪を見て、大はしゃぎでソリで斜面を滑った」というものだった。冬季世界大会に出場するとは思えないシチュエーションだが、とても微笑ましくてよろしい。
開幕式は明日、2月26日だが選手団は既に数日前から長野入りを果たしていた。これは、「ホストタウンプログラム」と言って、各地の自治体が選手団を受け入れて、地元の人たちと交流する、という期間を設けているからだ。長野をはじめ、新潟、山梨などに分散して、各選手団は地元文化とふれあう事になる。先ほどの「ソリで滑った!」というのはそのときの模様らしい。他にも、ユカタを着せてもらって喜んでいる黒人のアスリートの写真も掲載されていた。
ちなみにこの新聞が「第一号」だった。今日創刊で、明日以降毎日配達されるらしい。
白いジャケットを着たボランティアがてんこもりのシャトルバスに乗り、オリンピックスポーツパークを目指す。
「そういえば、昔バスであちこちを彷徨う白装束宗教団体ってあったよな」と思い出した。
しかし今回の我々の白装束は、右腕のところにばっちり「UNIQLO」と書かれている。さすがはスポンサーだ、自社ブランドの市販製品にさえ表示しないロゴマークを、ばっちりとでかく表示している。
到着したオリンピックスポーツパークは、非常に立派な施設だった。さすがは長野五輪の時に作っただけある。ここ野沢温泉は、長野五輪の際にバイアスロンの競技地となった場所。バイアスロンといえばそれほど有名ではない競技だが、それでもここまで立派な施設を作っちゃうあたり、五輪というのは恐ろしい。
んで、どう考えてもこんなの五輪が終わっちゃうと維持費かかって大赤字でしょうに、と思うが、五輪を前にしてしまうと目がくらんでしまうんですかねえ。まあ、今回こうしてSOで活用できてとりあえずは良かった、ということか。
てっきり、スキーゲレンデの中にプレハブをおっ立てて運営本部とし、ゲレンデ内で競技をするものだとばかり思っていたので、この専用施設にはびっくりだ。
朝9時、全体ミーティング。会場責任者から、「やらされているボランティアだけにはなるな、自ら率先してやるボランティアになって欲しい」と激励される。
そのあと、ヘルプデスク班4名と班長との間で細かいミーティング。「長野の本部との間を結ぶ回線が現在やや不安定で・・・」と気になる発言あり。
ヘルプデスクのお仕事の管轄は、会場内外に設置されているPCの維持管理ということになるのだが、そうはいっても数は限られている。運営本部、GMSが置いてあるタイミング室、メディアセンター、インフォメーションコーナーの4カ所が大会会場内の我々のテリトリー。そして、会場外に3カ所。野沢温泉村の中に2カ所、「連絡所」があり、周辺の選手団宿泊施設をコントロールしている場所がある。そこにもPCやFAXが置いてあるので、問題があったら会場を飛び出して現地に向かわなければならない。それから、あと1カ所は「SOタウン」と呼ばれるところ。野沢温泉アリーナという体育館や温泉プールがある施設があり、そこが野沢におけるアスリートと地元の人たちとの交流場になっている。ここにもPCが置いてあるので、何かあったら対処が必要。
ヘルプデスク班は分担して、2名が大会会場、2名がSOタウンに詰めるということになった。
スノーシューイング競技はといっても、知らない人が多いかも知れない。山登りをやる人にとってはスノーシューという器具は認知度高いし、「いずれ買いたい」という人も多いだろうが、一般的には殆ど知られていない。早い話、スノーシューとは西洋かんじきの事を指す。ニンジャが水の上をすいすい走る時に使うような、丸い輪状のものだ。体重が広い面積に分散されるので、柔らかい雪の上でも足がめり込むことがない。和かんじきとスノーシューの決定的な違いは、和かんじきがつま先からかかとまでかんじきに固定されるのに対し、スノーシューはかかとがフリーであるということが挙げられる。クロスカントリースキーと似た感じだ。これにより、走ったりすることも簡単にできるようになる。
今回の競技では、短いもので25m、長くなると5kmもの距離を走る。
ボランティアにはお弁当が支給される。
お弁当の外箱は、ちゃんとSOのロゴが入ったものだ。凝ってるなあ、と思うが、何しろ運営スタッフ含めて毎日1万食くらいが消費されるわけで、これくらいのロゴ入り箱作ることは造作のない事なのだろう。
ちなみに、飲み物はコカコーラ、お菓子はロッテとスポンサー三昧。ロッテは気合いを入れすぎて資材提供しちゃったみたいで、お菓子が倉庫に山積みになってしまい、消費仕切れない有様だった。ホカロンもロッテからの提供で、寒い会場においては多いに有り難かったのだが、それも数が多すぎだった。
お昼ご飯後、会場外にあるヘルプデスク班管轄の連絡所、SOタウンに顔を出してみる。PC等の設定やケーブル配線のチェック。
ネットワークは各地で二種類用意されていて、ケーブルの色も分けられている。VPNルータをかまして、長野のデータセンタとやりとりする回線と、VPNルータなしで、お気楽な回線の二種類。VPNルータなし回線に繋げられたPCはフリーで使えるようになっていて、選手団のコーチやファミリーがweb閲覧やメールを送受信するのに使って良いようになっている。今日び、大きなイベントをやる際にはこういうネット環境を整備して解放するのは必須、ということなのだな。
さて写真はSOタウン。体育館と公会堂を足して二で割ったような作りになっているが、体育館部分の一部にずらりとテレビが置かれていた。何事かと思ったら、テレビにはMicrosoftのX-boxが置いてあった。なるほど、これで自由に遊べ、ということか。Microsoftがスポンサーということで、こういうところで微妙に自社製品のPR。
一通り外回りをしてから会場に戻ってみると、会場設営はほぼ完了していた。明日夕方に開会式があるが、スノーシューイングの場合日程の関係で明日午前から予選が開始となる。
それにしても立派なトラックだ。真っ平らなので、走りやすいだろう。
午前中は突貫工事中だった表彰台も、既にできあがっていた。
非常に横に長い、独特な表彰台だ。8位まで台上の人になれるように作られている。
これで、リレー競技の表彰式なんてやった日には、一体どれだけのアスリートが表彰台に登る事になるんだろう?是非見てみたい光景だ。
この日は午後5時から、SOタウンの開村式・・・というか、「タウン」だから開町式、になるのか・・・?が開かれるという。野沢温泉に到着したアスリートたちが多数参加するので、ボランティアも是非参加して、盛り上げてください、との周知があった。
SOタウンに向かう。
聖火が到着しました、ということで外を見てくださいとアナウンスが流れたので、SOタウン正面のゲレンデに目をやると、何やら赤い服を着た人たちが集団で滑ってきた。手には、聖火がともったトーチがある。
アスリート達はSOタウンのロビーからガラス越しにこの光景を眺めていたのだが、おかでんは写真撮影をしたかったので外に出ていた。すると、何やら赤い服を着た人たちの悲鳴が聞こえてきた。
「あっ、やべ!火が消えた!」
「うわあ」
おいおい、大丈夫か。大切な聖火消しちゃったらマズイっすよ?
「いいからそのまま行け!」
「うわあ、こっちも消えた!」
などという楽しい会話を聞きながら、華麗に恰好してくる様を眺める。
多分会場内で見ている人たちには、「たいまつを持った人たちが降りてきた」という格好いい光景にしか見えないだろうが、声が聞こえるおかでんのポジションから眺めていると、なんともコメディだ。
最後、SOタウンの前に全員整列して、たいまつを高々と掲げてフィニッシュ。危ない!火が残っているのはほんの僅かしかいないぞ。
たいまつを掲げると同時に、バーンと「ようこそ!野沢温泉へ」という垂れ幕が国旗掲揚台に掲げられた。お後がよろしいようで。
その後、会場内では太鼓の演奏があったり、メイヤー(要するにこの会場の名誉責任者)の挨拶があったりして、開村式は進行していった。
司会者の横には通訳の人がいて、日本語で話をする都度、英語で翻訳されていた。英語が通じない国から来ている場合、どっちにせよ何を言っているのかさっぱり理解できない状況だが、仕方がない。
こういう光景を見るにつけ、とりあえず英語は出来ないといかんなぁという気になる。
会場後方で、盛り上げ役兼ギャラリーになっているボランティアたち。白いユニフォームは雪だらけの会場においては保護色となり、目立たないかと思ったが案外目立った。
理由:寒い場所においては、普通の人は白い服を着ない。

この日も外湯巡り。同じ宿にいた大学生のボランティア仲間と仲良くなり、二人で遠征。「僕も全部制覇しますよ、外湯を!」と鼻息が荒い。やはり、13という外湯は微妙にチャレンジしがいがある、(人によっては)やる気を猛烈に感じさせる数だ。
この日は、「折角だから一番遠いところに行こう」ということで、「滝の湯」と「真湯」に行った。
ちなみに、野沢温泉村内の地図はこちらを参照のこと。各外湯の紹介記事はこちら。
外湯に出かける前、夕食を宿で食べたのだが、昨日はビール1本だったのに今日は2本に増えてしまった。やはり、ヤドメシを前にしてしまうと飲まずにはおれんかった。馬脚を現した、というのはまさにこのこと。
ボランティア仲間たちは、何故か殆どお酒を飲まない連中ばかりだったので、一人で手酌してぐいぐい。
お酒飲んで、風呂入って、その後12時過ぎまで「今日のボランティア模様」を各自報告しあって、「じゃあ明日から本番なんで頑張りましょう」と前向きな発言で締めくくって、お休みなさい。
(つづく)