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scene#038 [2005.09.18-19]

山で疲れたのではない、寝床で疲れたのだ 【唐松岳〜五竜岳】

(その7)

2005年09月19日(月)

予備知識:五竜岳アルプス平神代駅の場所

04:30

「明けない夜はない」という言葉は、励ましによく使う。今はどん底かもしれないけど、頑張ればきっといい方向に向かうよ、という意味だ。

この言葉、まさに今の僕にプレゼントフォーミー。この一晩の間に、時計の時刻を確認して「まだこんな時間なのか!」と何度絶望したことか。

「夜明け前が一番暗い」という言葉も励ましの言葉の一つだ。このどん底な状況、今こそが最悪の事態であって、すぐに好転すると信じて・・・この言葉もプレゼントフォーミー。

いやぁ、沢山の言葉を自分に贈っちゃった。もう勘弁して。そもそも、この最悪の事態から脱出したって、その後まだ「登山」という体力勝負のイベントが続行されるのであった。寝床で体力回復どころか、体力浪費してるんだもんなあ。呆れる。

「横になっているだけでも、体力は回復する」とは言うものの、不自然な格好で、変なところに力をいれつつ、足を折り曲げつつ、寝返りうちたくても打てずに身体は痛みつつ、という状況。これで体力が回復できるのだとしたら、我が生命力のすごさを賛美する詩を朗読したっていい。

朝4時。僕に限らず眠れなかった人たちが「もう我慢ならん」とばかりに起きはじめた。ゴソゴソとあちこちで音がする。低い声で仲間同士、「眠れなかったねぇ」と語り合う声が聞こえる。とても夜明けのすがすがしさとは無縁の感じだ。

「今外に出てみたけど、雨降ってたぞ」という声も聞こえる。ますます滅入る。そうか、雨なのか。室内も地獄、屋外も地獄。逃げ道無しだな、これだと。

疲労しきっているので早朝から動きたくはなかったのだが、かといって寝床にこのまま居続けるのも不愉快だ。場所がない上に、起き始めた人の会話、騒音、ドシドシと歩く振動などが気になってどうせ眠れるわけがない。こんな早朝に起き出すのは不本意だったが、朝4時過ぎに床を脱出した。

さすがにまだこの時間は真っ暗だ。僅かに外が明るくなりつつある、といった程度だった。そんな中、廊下に謎の行列が見える。何だ、これは?今日はバーゲンセールの日だったっけ?

思わず財布の中身が気になったが、まさかバーゲンなわけがない。よく見ると、食堂の入口から行列は伸びているようだ。なるほど、どうやらこれは朝食を待つ飢えた人々、ということのようだ。えー、朝ご飯って朝5時からだった筈なんだが・・・何?もう行列が出来てるの?この早朝から?うっそお?

にわかには信じられない光景だった。確かに、朝ご飯は特に順番指定のない「早いモノ勝ち」となっていた。早く出発したい人は、朝5時の朝食開始時間前に並んで、食事となる。それは分かってはいたが、何でこんな夜明け前から数十人も並んでいるんだろう。頭では理解していても、過去に経験のない光景なのでこの状況ににわかについていけない。信じられない。

しばらく唖然としてこの光景を眺めていた。「何もそこまでしなくっても・・・」と思いつつ。しかし、こうして目が覚めてしまった自分自身の身の処遇を考えると、どうやら自分もこの行列に加わった方がよさそうだということに思い至った。うーん、朝から行列っていうのはきわめて不愉快なシチュエーションだが、まぁいいか。並んでしまおう。

このまま布団に戻ったところで、相変わらずの不愉快な状況が続くに決まってる。食事に出たり、早立ちする人がいるのでスペースは楽になるだろう。とはいっても、周囲のゴソゴソガサガサで眠れるわけがない。それだったら、疲労困憊しているとはいえさっさと行列に身を投じた方がまだマシだ。さっさとご飯を食べて、さっさと山に登ってしまおう。そして、さっさと下山してさっさと家路につこう。

まだ山頂を踏んでいないこの時点にもかかわらず、既に負け戦の処理ムードになりつつある。早く下界に戻りたい。ふぅ。


05:09

朝食スタートの時間までの間、行列は恐るべき長さになっていた。山小屋の横幅全部を覆い尽くす長さ。今や、朝5時前だというのに目が覚めた人たちの多くが行列を作っている。み、惨めだ・・・。優雅な山登りとは全く違う世界がここには展開されていた。

随分後ろの行列から聞こえてくる怨嗟の声を振り払いながら、食堂へ入場。さあ、朝5時と早朝ですが朝ごはんですよぅ。

出てきたのは、サワラかなにかの魚と具入りの玉子焼き、そしてご飯とみそ汁と海苔、漬け物といったラインナップ。海苔の袋にはこの山小屋を経営する白馬館のロゴが入っていた。

どんぶり飯をわさわさと喰らう。やっぱり、炭水化物はきっちりと摂取しておかないとこの後の行程に響くから。具のないみそ汁をうぃーっと飲み干して、ごちそうさまでした。さて、行くか。


05:28

そそくさと朝食を食べ終え、歯を磨き、既にパッキングしてあったザックを背負って山小屋をいの一番に脱出する。あーあ、身体はぐったりだ。これから山に登ろうとする人の身体ではない。重っもぉ。

「部屋で眠るスペースが確保できなかった用に」ということで寝袋を持参していたのだが、談話室に相当する場所すら存在しなかったので結局使わずじまいだった。疲労困憊した身体には、この寝袋の重量すら腹立たしい。

外に出てみると、外は昨日以上のガスだった。ガスだけじゃない、雨だって結構降っている。これは、俗に言う「荒天」っつーやつですね?うはぁ。

山小屋前のキャンプ村は、さすがにこの時間にグッドモーニングしている人は少なかった。例のカップルテントも、びっしりと扉を閉めたままだ。

えー、ここから先、山頂に向けての山容が全く見えていないんですけど。こんなところ、登らなくちゃいかんのですか僕は?


05:30

一緒にご飯を食べた人たちが、山小屋の玄関で「どうする?もう少し様子を見る?」と言っている横を通り過ぎ、出発する。ゴアテックスのレインウェアを着込んで、「もうこれも老朽化著しくて駄目だなぁ、随分水漏れする」とぼやきつつ雨の中出陣。ずぶぬれ覚悟だ。


05:34

濃霧と雨だけなら良いのだが、黒部側から時折強い風が吹く。鹿島槍ヶ岳に登った時もそうだったが、この辺りは慢性的に黒部側から風が吹いているようだ。ああ、もううっとおしい!


05:47

じわりじわりと高度を上げていく。

なだらかな歩きから、だんだん岩場歩きにかわっていった。


05:53

○×クイズのお時間になってまいりました。

クイズといっても答えは全て岩肌に描かれていて、僕らは○と描かれた方向に進めば良いだけ。


05:57

おいそこのお前。そうだ、これを読んでいるお前だ。山っていうものは晴れやかに、軽やかにヤッホーヤッホーと言うもんだと思っているだろう。そんなことは全然ないぞ。写真見て分かるだろう?

もうね、なんというかね、必死なんですよ。「生きる」ということに。

このガスと降りしきる雨と黒部側から押し寄せてくる風と闘う、その様が何とも生命力なんですよ。

何しろ殆ど眠ることができないまま、へろへろでの登山だ。足元がおぼつかない、というほど衰弱はしていないものの、「何ともはや、拷問の沙汰だ」とぼやかざるをえない。

同じく昨晩、相当いい感じに発酵したであろう同宿の登山客たちを次々と追い抜いていく。さすがに、この辺りは若い自分にとって有利だ。年を重ねた人にとっては、昨晩のあのなれ寿司状態は身体の心底から疲弊したに違いない。じゃ、お先です。


06:02

一体どこが山頂なのか、さっぱりわからない。ただ単に目の前に登山道があるから歩いているだけ。

この道を行けばどうなることか。行けばわかるさ・・・

いや、行っても結局わからないままのような予感がひしひしと。


06:04

鎖場も登場してきたぞ。

このような天気だと鎖がすべりやすくなるので注意だ。岩も濡れているのでちょっと危険。慎重に、慎重に。

 


06:06

んー。前方の視界が全く開けていないので、力の加減がわからない。まだまだキツい上りが続きそうだから、力は50%に抑えておこう・・・とか、100%で一気に登ってしまおう、といった判断ができない。困ったもんだ。


06:08

ごおおおぅ、という強い風の中、ちょっと見晴らしがよさそうなところに出た。ん?そろそろ山頂だろうか?


06:09

あ、見えた。何かの標識が見える。五竜岳山頂はもうすぐだ、あともう少し頑張れ。デジカメも、雨まみれで相当にやばいがもう少し頑張れ。

なんだか、遠くから見える標識は十字架のようにも見える。なんとも不気味だ。


06:12

とうちゃーく。

いやー、すごい雨!こりゃひどい、昨年鹿島槍ヶ岳に登ったときと同等もしくはそれ以上の降りっぷりだ。山小屋を出て40分強という短い時間だったが、この風と雨にはほとほと参った。風が急に吹き上げてくるので、体制が崩れる。

さて、こんなところに長居は無用だ、ピークハンターと馬鹿にされようが何だろうが、山頂を踏破した以上さっさと下山開始しなくては。

では、早速標識の前で記念撮影を・・・。えーと、あれれ?「五竜岳山頂」と描かれた標識がどこにも無い。山頂標識かと思ったら、なにやら「右:あっち 左:こっち」的な道路標識みたいなものだった。おや。

ふと先を見ると、視界ぎりぎりのところにちょっとした小高い場所があった。むむむ。しばらく雨の中にらみつけていたが、どうもあっちの方が僅かに標高が高いような気がする。しょうがない、とりあえず行ってみるか。


06:16

3分かけて隣の岩山に移動してみたら、ここにも標識が立っていた。おや、こっちには五竜岳と記されている。ということは、こっちが山頂だったというわけか。あぶねぇ、あともう少しでニセ山頂で記念撮影して下山するところだった。

山頂から見た、ニセ山頂の位置関係。写真後ろにあるぼんやりした丘が騙されかかった場所。晴れていればはっきりと分かるんだろうし、昼間だったら山頂周辺で休む人達が何人もいて目立つのだろう。しかし、この荒天の中、一番乗りで山頂に立とうとすると、うっかり間違えるところだった。


06:17

三脚を立てても横殴りの風で倒されてしまうので、手で三脚を握りしめ、セルフタイマーで登頂記念。

記念、というよりも何かの罰ゲームの証拠写真のようになっている。


06:17

山頂の写真。

三角点があるのでここで間違いない。


06:17

さあ今度こそ下山開始。さっさと逃げよう、とりあえず信州側の尾根に逃げ込めばこの風雨はしのげるだろう。


06:17

ニセ山頂から再度山頂を振り返ったところ。ニセ山頂ではまさに今、到着した人が記念撮影をしようとしていた。あわてて

「ここ山頂じゃないですよ、山頂はもう少し先に行ったところにあります」

とアドバイスをする。

「えっ、そうだったんですか!危ないところだった。どうもありがとうございます」

きっと今日の天気の中で、山頂を勘違いする人が続出するんだろうなあ。ご愁傷様です。


06:26

この天気の中、下っていくのはちょっと疲れる。岩場は登りよりも下りのほうが面倒だ。

背中のリュックを岩にごりごりとこすりつけつつ、降りていく。

(つづく) 

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