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序章 最初に

このサイトの運営者であるおかでん氏より、ある日メールにてなんか好きなことを書いてくれと言う依頼が突然あった。

何でも私がはるか昔に体育祭用の催し物にと執筆した原稿がひょっこり実家より出てきて、懐かしさで読み返した所、その文章のあまりのインパクトの強さに感動し、思わず私に依頼をしたというものだそうだ。体育祭用にと書いたその文章は、今読み返すと、おチープな前衛演劇の戯曲のような、出来の悪いものだと私個人的には思うのだが、その汚れを知らないピュア−な学生ぽい青くささがおかでん氏の涙腺に触れたらしい。思わず涙してしまったそうだ。 そう言われてもう一度読みなおすと、確かに涙が出てきた。なんだそりゃ。

執筆した体育祭用のシナリオは、不運ながら高校のクラスの多数決でくだらない身体のみを動かす思想性も何もないバカな企画に負けてしまい、採用されないまま闇へと消えて行ったものだ。多数決で私のシナリオが負けた思想性も何もない企画は、今となってはもう思い出すことも出来ないが、忘れたと言うことは相当しょーもないものだったのだろう。ただ高校生らしくみんなで友情を大切にとかそんな共同幻想に彩られたものだったのは間違いない。

当時(10年前)の田舎の私立高校にはまだそんな共同幻想が成り立つ土壌があったのだ。おどろくことに。今の高校生の情況を見ると、そんな幻想は成り立つ土壌すらなさそうだ。(基本的に私の根本はこういう共同幻想、共同体に対する懐疑と言うスタンスで成り立っている)

まあそんなことはともかく高く評価していただき、おだてられて書くことにしたのではなく、今のこのサイトは良い意味でも悪い意味でもおかでん氏の書いた文章によってのみに近い所で成り立っており、おかでん氏の体臭プンプンと言った感が否めない。他人が書いたものが乗せられているコーナーがあって、少しは多様性があるサイトでもイイのではないか。そんなこのサイトの質の向上に少しでも寄与できればと言う思いで請け負いました。

ここで今後書いていこうと思うことは私が日ごろ感じたこと、思ったことを書いて行こうと思いますが、書いた内容におかでん氏が注釈をつけるという、形を取りたいと思っております。つまり、おかでん氏が私の文章をテクストとしてどのように読み解いたのかという、解釈そのものも合わせて載せていきたいと思います。

なぜそんなことをするかといえば、まあ所詮は他人の書いたものなど、その本人が意図した内容では読まれることは無いし、どうせ読まれないなら、このサイトの管理者であるおかでん氏の勝手な解釈も載せてしまっても、ここの読者の方の私の文章の読み方に差異は生じないだろうと思うのです。(このへん深く話して行くと妙に哲学じみた話になるのでこれ以上は突っ込みません)

それから、私の書いた文章はそれぞれの回毎に、その回で取り上げた話題について、何等かの勝手な結論を載せていきたいと思います。 その結論について賛成の方や、何かご意見のある方は、是非ご意見をお寄せください。 次回ご意見について更に私から勝手な意見を述べさせていただきます。

というわけで第1回目は今はやりのデジタルデバイドについて書こうと思いましたが、なんかこの話題って凄い重いんだよなあ。 今後の社会の方向性や、経済その他今の社会を形作っているもの全てに変化に絡んでくる話題じゃないかという気がしてきた。 書くのにものすごいエネルギーが要ることに気がつきました。

まあ1回目だし、肩に力が入らない程度に最近ちょっと考えたことについて書こうと思います。 デジタルデバイドについては、また今度。小出しに書いていくことにします。 最近仕事で疲れてると重い話はあんまり考えたく無いのよ。モー娘なんか見てる方が幸せだよなあ。はっきりいって貧乏は貧乏でいいじゃないの。ほっといてあげなさいよ、みたいに全てに投げやりになってくる。

【おかでんの蛇足的一言】

いや、正直言ってやられたと思ったよ、全く。待望の第一発目の原稿が上がってきたと思ったら、何故か原稿がExcelで書かれてる。何だよ、Wordか何かで書けばいいじゃんと思って原稿を読んでみたら、一番最後に「上記についておかでん氏の解釈」なんて欄が作ってあるんだから。この欄を作りたいが為にわざわざExcelで文章を書いていたというのか、ジーニアス!!

このコーナーにはノータッチで行こう、僕はただジーニアスから送られてきた原稿を転載していけばいいや、というお気楽スタンスだったんだけど、いきなり原稿上でこうも宣言されると逃げる場所が無い。結局こうして、「蛇足的一言」欄が出来てしまった。うぐぅ。

まあ、それはいいとしてだ、彼が「おチープな前衛演劇」と自嘲している体育祭の原稿について補足しておこう。僕らがいた高校の体育祭では、毎年必ず高校3年生が「デモンストレーション」と称して、マスゲームみたいなものを企画し披露する事になっていた。一学年190人くらい居る人物を有効活用せにゃならん関係上、大抵毎年戦争物・・・両軍入り乱れての戦い・・・が行われていた。だけど、この年は「毎年それじゃつまらんだろう」という事になって、各クラス(合計4クラスあった)毎でそれぞれ問題児を吊し上げにする裁判を開こうということになったのだった。

まあ、問題児といっても「ガラスを割ったにもかかわらず僕ではないとしらばっくれた」とか他愛のないモノだったが(本当にやばい出来事を取り上げると、しゃれにならなくなるので却下)。 で、ジーニアスが所属するクラスで、その裁判原稿を作っていたのが僕だった。そう、上記文中で「相当しょーもないものだったのだろう」と書かれているものを作っていたのよ、これが。

何しろ、全体15分の制約時間で4クラスの裁判をしなくちゃならない。1クラスの持ち時間3分は絶対。その3分で、1クラス50名弱が全員参加出来るように「傍聴人、立ち上がって裁判官に抗議」とか「証人A,B,C,Dが入場」とか、もうめちゃくちゃなシナリオにならざるを得ないのだった。そのお陰で、初稿の時点で9分近くボリュームがあった原稿は、改訂を重ねるうちにごっそりと削り落とされてしまった。こんなのが面白いワケがない。

そんな様を見かねて、独自の原稿を作ってきたのがジーニアス@大阪だった。彼の原稿は、登場する被告は僕の原稿と同一なのだけど、罪状について劇中では一切開かされることはない。冒頭でいきなり裁判長が「なお、この法廷は私の勝手で『ファシズムによるか弱き者への体罰』がテーマになっております」と宣言し、あとは一方的に民主主義的なルールを無視した裁判を展開する。逆らうものは処刑。なんともぶっ飛んだ内容だった。

この原稿を爆笑と深い感銘で読ませてもらった僕は、さっそくクラス全員に「こんな原稿があるが、どうだろうか」と伺いを立てた。しかし、賛同者はクラスでわずか2名。残り40数名はダメだと判断したのだった。結局、骨抜きになった僕の原稿が採用され、ジーニアスの原稿は日の目を見ることはなかった。

しかし、その原稿は捨てるにあまりに惜しい、ということで今までずっと僕が保管していたのだった。そしてこの夏、僕が実家から大量のアワレみ隊関連の資料を発掘したとき、このファシズム裁判資料も発見されるに至った。改めて読んでみても、やっぱり面白い。数年ぶりに、また笑わせてもらった。

このとき、ジーニアスには、EatUpTheWorld!(アワレみ隊OnTheWebの前身となるサイト)で大阪方面のカレー屋食べ歩きのコーナーを作るという話が決まっていた。しかし、この才能をカレーごときにとどめておくのはもったいないと思い直し、「自由なテーマでいいから、是非コラムを書いて欲しい」と改めて彼にお願いしたのだった。こうして登場したコーナーがこの「愛と幻想の浪速日記」ということになる。

おっとっと、「蛇足」が本文よりも長くなってしまったのでこの辺でやめておかなければ。ちなみに、この「ファシズム裁判」の原稿、本人の希望により公開は予定していない。ファシズムというキーワードに敏感に反応する人がいても困るからだ。変な団体からクレームつけられてもたまらんし。

 まあ、いずれジーニアスの人となりが読者に十分浸透した頃合いを見計らって、公開される事があるやもしれない。いつになるかは分からないが・・・

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