ホーム > 愛と幻想の浪速日記 > モーニング娘。について

第01章 モーニング娘。について

初号原稿(エヴァンゲリオンみたいでいいないいないいな)についてのおかでん氏の注釈について、一言。あんまり長いのはかかなくていいです。ただかなり時間が無い中、あほな変換ソフトを使ってるので、変換間違い、誤字脱字が多くあると思うし、これだけは注意して直してね。この歳になって誤字脱字があるとバカですと言っているみたいで情けなくなるから。

それとエクセルについては、エクセルの方が楽じゃーん。書くの。ワードってなんか嫌いなんだよな。会社じゃ一太郎まだ使ってるし。ワードあんまり使ってないのよ。というわけでまたエクセルを使います。

うっちゃんからもコメント頂いておりましたが、我がブラッディ(コックニーの接頭語、ちなみにコックニーとはロンドンの下町に住む人たちのこと)な母校のことについては色々思うことがあるので、また日を改めて考えますです。

自分で書いといてなんだがこの考えますですってのはなんだ。缶コーヒーCMの「やるです」から来ているのだろうか?私個人的にはあの「やる」に「です」をつける言語感覚は凄い好きだ。あってはならない組み合わせのようで、組み合わせると、妙に軽快なところがある。

デジタルデバイドについて書こうと言っておきながら、1回目はモーニング娘。(この「。」を忘れてはいかん)かよ、と怒られそうだが、最近モーニング娘。がやたらと元気がいいのでなんでこのグループが人気があるのか自分的に確定させないと、落ちつかないのでこの話題からはじめることにしたい。

↓モーニング娘。についてのおかでん氏の解釈↓

【おかでんの蛇足的一言】

僕は以前、「モーニング娘。ギャルゲー説」を唱えていた。ギャルゲー(通称美少女ゲーム)では、「攻略」する女の子が何人もいて、性格もそれぞれ。メガネっ娘、ロリコン、お姉さま、優等生タイプ、等々。プレイする人の嗜好ってのはいろいろあるわけで、特定のヒロインを設定しないことによってプレイヤーの間口を広げる事に成功している。メガネ好きな人なら、メガネの女の子を「攻略」すればいいし、メガネが嫌いな人はメガネっ娘の攻略をしなければよい。モーニング娘。も、人数が多い事からてっきりそういう「様々なニーズに応える為の大人数」だとばかり思っていた。

しかし、実際に彼女達が出演しているTV番組を見てみると・・・あれれ、みんなごく普通の女の子で、そんなにバラバラな個性って感じがしない。特に美人揃いでもないようだし、非常に不思議だ。おニャン子クラブの時みたいに、美少女を沢山並べて「よりどりみどり」にしているわけでもない。正直、僕は彼女たちの躍進が理解できていないようだ。

モーニング娘。とはあのシャ乱Q(このシャランキューという語感は凄い嫌いだ。何でこんなだせ−名前がついたのか知っている人は教えて。)のつんくがプロデュースしている11人組の女性グループのことだが、なんか知らんうちに次々メンバーが増殖しているのが気になるという人はいないだろうか。

そう、このグループは某テレビ番組の企画から始まったグループで、つんくの気まぐれ(としか思えないことがある)と番組の視聴率稼ぎ等の諸事情でかってにメンバーの思惑とは関係無く、人数が増えつづけているのだ。

つい最近も3人(4人?)程追加して、最年少は12歳にまで引き下がった。私個人的には結構モーニング娘。を気に入っており、彼女達が出る番組が深夜であろうと見れる時は見てしまっている。しかも私だけではなく結構な人数がモーニング娘。を気に入っているようなのだ。なぜか?なぜあんな平凡な女の子グループが人気があるのか?また私がなぜ気に行っているのか?

これを書くに当たって、本屋(近所のT村書店。ここの店員がまた凄いブスなのよ)に行き、つんくによる「LOVE論」なるモーニング娘。のことを書いた本を1時間もかけてじっくり立ち読みした。したが、あんまり内容が無い本だったなあ。殆ど参考にもならなかった。しょうがないので自分で考えることとなってしまった。

↓LOVE論に対してのおかでん氏の解釈↓

【おかでんの蛇足的一言】

え、また解釈書くの?・・・といっても、僕はLOVE論なる本の存在すら知らなかったので、コメントのしようがないっす。

売れた仕組みを作った人が書いた「ヒットの裏側」といった本は結構多いけど、7割が自意識過剰の「俺って凄いだろ」的自己満足本で、残り3割くらいが「なるほど、参考になるなあ」という本っていうのが僕の認識。芸能人が書いた本っつーのは「7割」の部類に入るような気がするんですが「LOVE論」はどうなんでしょう?

このグループに関して言えることは、ものすごく田舎臭くて、(洗練されておらず)あまりにも普通なのだ。芸能人らしいオーラなど全く放っていないのだ。楽屋での会話シーンなどほとんど田舎の女子高校生の会話そのままなのだ。しかも、そんなに特別かわいいとは言えないと思う。

なのになぜ、こんなに人気があるのか。それは大阪的(関西的な)な分かりやすさ、通俗性が、行き詰まった閉塞感のある、今という時代にマッチしたからだ、と思う。

彼女達の歌詞を考えてみると、直接的かつ大衆的なのだ。ラブマシーンにしても、ハッピーサマーウェディングにしてもその歌詞はきわめて直球勝負である。この理由はまずプロデューサーであるつんくが関西出身であることが大きいだろう。

彼の作る歌は、シャ乱Q時代も観念的なことや新たなパースペクティブの提示など何もないただただストレートな感情を歌った歌だと私は感じていた。こんな彼が作る大阪的な歌詞とひねりのほとんどない直線的なメロディーライン・コード進行(まさに予定調和の世界)プラス関西出身のリーダーである中澤さんの存在がこのグループの特徴を大いに形作っていると思われる。彼女によってこのグループのフレームワークは、つんくの関西的なのりをある意味で強調するような形で確定し、一層、私の指摘した関西性が強まっているのだ。

私の乏しい知識によれば、吉本興業に所属していない関西出身の芸能人は、その特徴的な関西性をあまり表にだすことは少ないような気がするのだが、彼女に関しては、まさに関西的なノリ丸出しである。彼女の存在がこのグループにとってきわめて大きいのだ。

その他のメンバーにしても、何の変哲も内容に見えるが、数万人の中から選ばれたのだ。この飾らないながらも通俗性を違和感なく表現できる人間がメンバーに選ばれているに違いない。

今の状況はまさに経済システムや社会システムの変動期で、誰しも今後起こる大きな変化を予感しつつも、漠然とした不安感がただよっている混乱した状況である。私も含めてこの変化の先にあるのが、ばら色の状況ではないことは感覚的に感じ、変化に逆行できないこともまた理解し、この場から進まざるを得ないために、ある種の焦燥感を持たれている人も多いに違いない。

そんな状況の中で、彼女たちはひたむきに頑張り、大阪的に気取らず分かりやすく、未来を歌うのだ。

「日本の未来はWOUWOUWOUWOU 世界がうらやむ・・・」

日本の将来を世界の誰がうらやんでいるのか?そんな疑問はこの歌詞を歌う彼女たちの姿から、想起することはない。彼女たちが歌えば、恐らく未来は明るいのだ。そして彼氏がいない女の子も「いい人ができ、もうすぐ結婚する」のだ。そんな気持ちにさせられるのが受けた要因であると私は思うのだ。

そんな気持ちになってはいかんと思えてくるような子にも、モー娘を聞いて証券会社の杉本さんが彼氏にいるような気持ちになるのだ。

そもそもなんで杉本さんで、釣りが好きで、つり好きな人に悪い人がいないのかという当たり前の疑問は、彼女たちにあっては関係なくなるのだ。仕事で疲れた私は、そんなわけで、楽観的な価値観に身を任せるために今日もモーニング娘を見る・・・。

結論

モーニング娘。は関西的(大阪的)であり、この大阪的な親しみ感飾り気のなさがこの時代だからこそ受けているのだ。私的には関西=大阪なので大阪と関西が混在しているのはあまり気にしなくて良い。

↓おかでん氏の解釈↓

【おかでんの蛇足的一言】

アイドル衰退が指摘されるようになってもう10年近く経つが、その究極がモーニング娘。なのかもしれない。しかし、芸能人が「親しみ」をもって一般大衆に見られてしまうというのは、それだけマスメディアの力が衰えたという事なのだろうか。昔は、テレビに映るという事はそれすなわちステイタスであり、非日常であった筈。そのテレビに頻繁に登場する芸能人というのもこれまたハレの存在であって、とても「親しみ」を持てるような存在ではなかったと思う。

いずれ、現状の反動でカリスマ的アイドルが求められる時代がくるような気がするのだが、それをメディアは許してくれるのだろうか?非常に興味深い。

第2回目は、海外旅行について書こうと思います。別にどこそこに行ってよかったぜー。君も行ったら?なんて事を書くつもりはなくて、外国に行って私が感じることなどを書こうと思います。

それと今回たびたび出ていた「大阪」というものは大阪学という本が出てる位考察すると面白いので、機会を改めて書きます。

前のページ 戻る 次のページ

− 菜 單 −

アワレみ隊活動記録 胃袋至上主義宣言[連載] 胃袋至上主義宣言[単発] 思考回路のリボ払い 蕎麦喰い人種行動観察 美貌の盛り へべれけ紀行 食い倒れ帳 愛と幻想の浪速日記

− 連載結束 −

ダイエット!?日記 土下座バイキング