ホーム > 愛と幻想の浪速日記 > 階層について
皆様お久しぶりです。6ヶ月ぶりに日記が帰ってきました。すっかり日本の首相も変わってしまい、この4ヶ月間の時間の流れを感じますが、この間私は何をしていたのかといいますと、勉強をしていたのです。
試験があり、そのために一生懸命勉強に励んでおりました。この6ヶ月というものはほとんど土日も遊ぶことなく、ひたすら机に向かっておりましたが、おかげで体重が3キロも増えてしまった。5月にはいりこれではやばいと思い、エグザスに通い始めたが、3回目になってプールで隣で泳いでいたbabaaの水着が泳いでいる最中にはずれてしまうと言う大ハプニングが起き、しばらくプールもご無沙汰になっており、しばらく体重は減りそうも有りません。
最近会社の同期も大学の友達も結婚している人が多くなっており、年を年々感じ始める今日この頃ですが、日本人の結婚平均年齢は最近のデータによると、 男が28歳、女性が27歳程度だそうですね。
ただ私の身の回りの人々を見る感じでは、男は26歳程度で結婚する奴か、30になっても結婚しないのではないかと思う奴がいて、はっきりと二極化しているように思われます。二極化の平均値を取ると、ちょうど28歳強ぐらいになるような感じですね。田舎に行くほど結婚の年齢も若いそうですが、確かに大阪の方が東京よりやや結婚する年齢が若いように感じられます。
それともう1つ、友だちが結婚する相手を見てみると、驚くほど共通の友達がいたり、私が知っている人だったり要は世間は狭いことに気づきます。これは有る程度社会の階層のなかで、皆さんが友人を作り、付き合いを行い結婚をしているため、私が属している階層内というのが東京といえども狭いと感じますね。
おそらくコレは、ヤンキー達の中でも言えることで、私の付き合っている層と、ヤンキーとの間には共通項は余りありませんが彼らの中では付き合う人達がかなり重複し、狭い世界と感じているかもしれません。
日本のように階級がほとんどない社会でもこうして見ると、ある程度の階層というものがあり、勿論私が付き合うことなど今後もこれまでもなかってであろう、旧華族のようなエスタブリッシュメントな階層もあったり、ヤンキーやその他私が今後も付き合うことのない人々もいて、結構階層もあるのだと感じられるのも、また結婚の案内や式にでたりする時に感じられるのです。
先日も有る人の結婚式に出た時、奥さんが私の大学の出身者で、呼ばれてきた新婦の友達の中に私が大学時代に知り合いだった子もいたりして、そういう感は益々強まりました。
私も仕事柄今までお付き合いもしたことがなかったような人達と話すことが多くなりましたが、やっぱり話を合わせたりするのが疲れる事も多く、人間ってある程度自分と同レベルというか、価値観が共通する部分が多くないと結局好きになったり、付き合ったり、本当の意味での友人になったりするのは難しい面もあるなあと。
だからこそ結婚する人達の友達なんかは共通の人が妙に多かったりして、世間は狭く感じられるのだなあと強く考えさせれれております。
↓おかでんの解釈↓
【おかでんの蛇足的一言】
僕もつい先日、友人の結婚式で全く同じシチュエーションがあったな。5年ぶりの再会ってやつ。世間は狭いもんだなあ、ってつくづく思った。しかし、1.2億も日本人が居る中で「世間は狭い」わけがないわけで、結局一人一人が世間を狭めて生きているって事なのよね、これって。
そういうことを体験的に分かってはいたけど、「階層社会は日本にも歴然とある」というジーニアス氏の考えにははっとさせられた。なるほど、言われてみればそうだ。
「お受験」と称して、幼稚園から大学までずっと私立学校に通う子供がいるけど、これって典型的な「階層社会への埋没」だよな。似たような家庭環境の人間ばかりが集まってるんだから。その点、公立の学校って金持ちもいれば貧乏もいるし、馬鹿もいればエラい人もいるんで情操教育にはぴったりな気がしてきた。
そこで提案。私立の幼稚園や小学校は、多様化を図るために一芸入試を認めては如何?「筋金入りの馬鹿」とか「走らせたらめっぽう早い」とか。
人間はそもそも階層を作りたがるような言われ方がありますが、こうして私の回りのことだけとらまえて考えてみると、知的レベル・育った家庭のレベル・自分の置かれたエデュケーションレベル・現在の仕事内容等々によって作らなくとも自然と付き合う人たちというのは決定され、案外その壁というのは高かったりします。
お金に関する価値観というのも大きな階層要因で、一万円という価値があまりにもかけ離れていたりすると、なかなかうまく付き合えなかったりすることがありますよね。また、何を大切にするかという生きていく上での基本的な価値観もこうした環境によって大きく異なるものですし、小さな差異は兎も角、こうした基本的な部分はなかなか成長した後、変えるのはむづかしいものです。この部分の差異は大きすぎると、人間関係を構築するのも困難な局面が多いとも感じます。
しかしながら、その差異に気を取られ、自分と価値観が近い人とだけ付き合っていればイイのかといいますと、最近の私はそうは思わないのです。勿論私が上記で話したように、同クラス階層の中だけで付き合っていくのは、居心地がイイですし、何しろ楽です。おそらく、最終的に好きになるような人も同クラスの人でないとダメでしょう。
ただ、それだと人間的な厚みが出ないのです。自分とは考え方が違う人達と、友達にならないにしても付き合って、様々な価値観が有ること、そしてその価値観の世界も厳然として存在していること、その価値観について理解できないにしろ、存在を認めることは、触れ合っていく中でしか醸成されることはないと思います。まずは多様性を受け入れること、それがないと、人間的なハバが狭くなるような気がします。バランス感覚というのが仕事をしていく上でも、生活して他者と交通していく上でも大事だと思いますが、こうしたバランス感覚を育成する上でも、こうした自分とは違う他者との交通も必要だと思われるのです。人間的な厚みがある人は、色んな世界を知っております。だからこそ的確な判断も出来ますし、芯が強いのです。
海外に行くこともこうしたバランス感覚を育成するのに役に立ちます。海外に行くということは、例えそれが短期であっても自分のそだった環境や常識が異なる世界に行くことです。歴史観や人種観、価値観が大きく異なります。
是非海外に出て、色んな世界を知ろうと私は学生の時から海外に行きましたが、(勿論行った大学が極めて国際色豊かだったことも影響していますが)ある意味で、若い時代に行けたことはきわめて自分の考え方や価値観に大きな影響を及ぼして入ると思います。
行きたいけど逡巡しているあなた、短期でもいいから是非狭い日本を出てみましょう。日本の良さも悪さも外からみて初めて分かることです。中にいては正確な把握すら出来ません。
↓おかでん氏の解釈↓
【おかでんの蛇足的一言】
解釈も何も、何で今回はこんなに真面目なネタに始終しているのかを逆に問いたいくらいなんですけど。非常にコメントしづらい。
日本人の場合、必要以上にバランス感覚をつけるとそれはまた危険じゃないかと思うんですけど如何。
ほら、「いーじゃん、誰にも迷惑かけてないんだしー」という論理に対して反論できない大人と一緒。人生の根幹となるポリシーが無いために、他人に対して主義主張を言えなくなってきているご時世じゃないですか。最終的に残るのは、「自分は自分のやりたいようにやる。他人は文句言うな」という快楽至上主義だけ。必要以上に物わかりがいい大人を演じようとして失敗してしまった産物じゃないだろうか。
ポリシーってもんは、ある程度の勝手な思いこみが無くちゃ形成されないものだと思う。だから、情報過多の今だからこそ、情報鎖国を行う必要もあるんじゃないか?と思ってます、僕は。
だからって海外に行くなとか本を読むなとか言うワケにもいかず。もう時代として情報鎖国するのは無理になりつつあるような気がする。よっぽど、今の生活を放棄しない限りは。
少しまじめに書きましたが、最後に話題を変えます。
あまりにも銀行の預金金利が低いので、最近自分の資産運用をいろいろ考え始めた。資産運用というとタイそうなことに感じられるかもしれないが。一億円も資産が有る人のみが考えることではなくて、例え100万円しか資産がない人でも考えることだと思います。
まず日本はデフレスパイラルの状態にあるが、デフレは資産価値を低下させ、それが不良債権を増幅することにもつながるので、かならず財政政策でインフレを起こす方向へ行くと私は考えており、そのためにはまずは円を安めに誘導していくと予想した。
円を安めに誘導するということは外貨ベースで円の価値が下落することを意味するので、当然に外貨で有る程度リスクを取れる資金は持っておこうと考えた。しかし、アメリカドルはこのところの利下げにより利回りも低下しているため、実質ベースでの日本とアメリカの金利差はほとんど無くなっており、にもかかわらず為替リスクを取るのはあまりにもきついので、オーストラリアドルに投資しようとしたが、オーストラリアドルって流動性が低くて持ちづらいという気もして、なかなか手を出しづらく思えた。
日本の債権も国債の発行高がコレだけ増えると、価格の下落リスクも大きくなり、国債を買うのももう少し時期を見た方がイイのかなあという気もしており、結局有る程度インフレリスクのヘッジをにらんで、株式割合50%、国際分散型の投資信託を若干買うことにした。勿論、流動性も確保しなければいけないため、資産全体のポートフォリオも考えつつ購入金額を決定したのではあるが・・・。
最近はハイリスクを取ってもハイリターンがなかなか得づらいような気もして、結局国債や定期に入れっぱなしがいいのかなとか揺れ動きますよね。
最近勉強をよくしている私にも為替の動きなんてまったく予測できないし、長期金利がいつ上昇に向かうのかなんてのいうのは予測もしづらいことではありますが、まずは市場に参加してみないと、いつまでも詳しくはなれないので、まずは投資信託を購入することにしました。皆さんはどのようにされていますか?
結論
バランス感覚は非常に大事なものだと私は感じているが、バランス感覚は自然と身に着くものではなく、自分で努力しないとなかなか身に着かない。自分の居心地のイイだけの場所を捨て、新しい世界へ飛びこもう(自責の念をこめて)。
資産運用はむづかしい。私のように金融機関にいても先行きのことは読めるわけもない。ただ市場に参加しないと、いつまでたってもリスクを取れない弱気の運用者になってしまうのも事実だ。
最近家の近くで、すごく美味しい焼肉屋を見つけた。焼肉だけは大阪は美味しい。(しつこいが)